原曲「愚かな青春よ・未来」体感研修

2026年3月23日  渋谷精舎 

A 「未来」に笑い声が入っているじゃないですか。
友達と話してたと思うんですけど、失礼なやつだなと。
だけど、言葉にしなきゃいけないというところがとても重要だと思ったんですよね。

やって、自分で考えているだけじゃなくて、言葉にするということでイメージが固まってきて、まあ共有するんじゃないんですけど、そういうことが大事なのかな。

今までよく考えてみると全然そういうことはしてなかったなと漠然と思ってるだけで、友達と話すとほら話ばっかりで、全然具体的な話にはなっていないし。

ということをちょっと感じましたね。若いときの話としての感じです。

C 3年近くブランクがあった後の詩ということで、おそらく先生は今まで人間としては漠然とした孤独をずっと抱えてたんだろうと。

なんか人とはちょっと違う感があったと思って、そっからこの20歳の時にちょっと吹っ切れたと。

吹っ切れた人間からの解放があって、決別はしたけども、神としての苦しみと孤独が始まったかなという転換期の歌かなという風に感じました。

改めて、なぜ歌うんだと。この20歳の歌に、詩でもいいのにメロディーをのせ、命を吹き込み、活字を踊らせ、何を伝えたかったのかと。

私は今まだ受け止められてないんですけども、なんで歌ってるんだってことを、教団としても、単に原曲だけ言ってもわかんないので、先生がなんでメロディーを作られたってこと、もうちょっとわかりやすく伝えると広まるかなと。

やっぱ奇跡体験でしょ、でもいいんですけどね。なんかあればいいかなと思いました。

D 今日はちょっと一言だけ。「未来」を聞いてて、先生にご学友がいらっしゃってくださって、本当にありがとうございました。

先生、色々孤独も感じられてたし、自分は性格悪いみたいな、口が悪いみたいなことで悩まれたりしてたことも若い頃にはおありだったっていう風に伺ってます。

けれど、そのわりにお友達にも恵まれているように思えるので、本当はいいやつだったんだろうなと思ったりしました。

あと、「愚かな青春よ」のところに指の間から未来がざらざら落ちていくっていうのがどうしても気になって。普通、指の間から落ちていくものってサラサラじゃないですか。砂粒とかサラサラっていうのが普通の言い方なのに。

先生の場合はこれざらざらだから、ちょっと粒が大きいですよね。だからね、なんかすごく質量の大きいものが指の間からこぼれ落ちていくんだなっていうような、そういう印象を持ちました。

E ちょうど今日来る前に「人生ノート」とか関連書籍読んで、この1977年の11月に、もう心理的に吹っ切れたって。

それまで、主は人の悪いとことかね、鋭く攻撃するようなところが出てしまうっていうことに対して非常に悩まれてるんですよね。

それが11月頃に、結局それは自分自身の劣等感の裏返しだったということに気がつかれて、そこで、その11月頃にすごく吹っ切れていらっしゃるんですよね。

で、その前の段階の時の詩なんですけど、今日、2つ続けて原曲聞かせていただいた時に、時間っていうキーがすごくあって、「愚かな青春よ」が、未来の主から若い頃への周囲への応援歌みたいにも聞こえたんですよね。

だから、吹っ切れる11月頃の自分があって、まだ渦中でね、自分のこと責めておられる、あの愚かな青春の中を生きてるっていうねふうにね、思われてるかもしれないところに、でも、やっぱり心は透明で、インスピレーションを受けてらっしゃって、聞きながらも応援歌みたいなのをすごく感じました。

そして、その青春を生きる中で、若者が、その未来を描いていくときに、1人で描くものではないって、未来はね、本当に、仲間とというか、一人で描くものではないなっていうのと同時に、その、一人一人が、自分自身の、今までの延長線上で未来を描くものでもないっていうか、今にいながらも、未来から過去を見る、今から未来を見るみたいな、その時空間のやり取りみたいなのをね、すごく感じました。

F 前から、主がおっしゃっていた「心なし」についてずっと考えてたんですけど、自分は心なしなんで、そのことずっとずっと考えてたんですけど、それが今日の原曲でちょっとほどけてきたというか、主の書かれた当時の思いみたいなものがバーって入ってくる感覚があって、ちょっとずつやっぱり染み込んできてるって、原曲すごいなっていうのがあったのと、主の哲学的であり詩人でありみたいな魂の感覚が歌から伝わってきて凄いと思った。

いや、これは本当に、この若き日の原曲がどんどん発表されてるので、本当にみんな受けてほしいと思ったのと、あと、私の法友が、その1977年当時、羽根木公園の近くに住んでたんですよ。

幼い頃にその根木公園から虹色に空が変わっているのを見たって言ってて、わーって流れていく、でこ、ちっちゃい頃に見て、それえすごい綺麗なんだろうって思ったっていうことを話してくださって、

これや!みたいな、多分ね、主が詩を編まれてたりとか散策されてたのを霊的に見られたんだと思うんですよ

参加者  すごい!

G 私は「愚かな青春よ」のところで、先生もいろんな、失敗したりとか、ドジしたりとかで気持ちがちょっと沈んだりされてて。

で、私も、若い頃とか、今もそうだけど、自分が惨めな気持ちになったりとか、人と気持ちが通じ合わなかったりとか、失敗したりとかそういう時に、人間だった頃の先生の詩に思いを馳せることで、主が1人1人の人間の気持ちもわかってくださってるんだなっていう気持ちになって、寄り添ってくださってるような気持ちにもなったし、沈んだ気持ちだけど、土砂降りの雨が降った後は、景色はすごい綺麗に見えるように、心の中も、綺麗な虹を見つめていきなさいみたいなふうに捉えました。

で、歌の中で、コードが変わるところがあったじゃないですか。

3か所ぐらい、「涙で青く染めての涙」ってところで、急にこう、転調してて、あと「空をかけるのか」のところでも変わって、あと、「そうだあの虹はいつな見た虹」の虹のところでも、ちょっとコードが半音上がった感じで、なんか不思議だなって思って。

原曲研修の詩を深める参究はあるんだけど、メロディーが、ここに乗ることによって、すごく立体的になるじゃないですか。

なんか、この秘密っていうのも探りたいなと思ったり、なんでこの詩にこのメロディーなんだろうとか、ここで、音程が変わる、その不思議。

意味があって、なんか不思議だなって思って味わわせていただきました。

H 私もこの原曲を受けて、今おっしゃってくださったように、なぜメロディーなんだっていうところ、そこが気になっていて。

主が音を伸ばされるところとか、下がるところ、上がるところ、あと、区切るようなところで、自分も、はっ!って、そこで気づいたりとか、主がここを君に伝えたいんだよっていうのが、入ってくるような感じがすごいして、だから、やっぱり原曲ってすごいなって。

自分の気づかないような、この心の奥まで主が届けてくださっている感じがすごくしました。

で、今回は、苦しみの中からも、そのアコヤ貝の真珠のように、私も、主が世界を美しくご覧になったように、自分もその世界を美しくするような美しいものを作り出していきたいなっていうのを改めて思いました。

I 私は「未来」を聞いていて、「友よ、未来について語る」のこの友っていうのが、先生の大学時代のお友達ってことで、その友は、自分の人生の進路というか、自分の立身出世じゃないですけど、エゴを抱えていく未来で、主は、エゴだけじゃなく、これを聞いた時に浮かんだのが、小説の「現実•夢想•そしてイデアの世界へ」の最後の名前のない国にどこかで会った女の人と一緒に行くっていうのが浮かんで、主は、なんて言えばいいんだろう。

魂の片割れだったり、私たちに置き換えたら、自分だけじゃなくて、例えば向かってくる試練とか、いろんな出来事を抽象化して、その自分の個としての個性と、その抽象化した事象を合わせて消化する。

だからつまり、エゴを1人歩きさせるんじゃなくて、2つ合わせて語り合いながら消化されると、それがつまり未来なんじゃないかっていう風に感じました。

あとは「去れよ、去れよ、悲しみの調べよ」が気になって読んでみたんですけど、やっぱ深すぎてなかなか入ってこないとこあるんですけど、気になったのが詩人。真弓さんと謙一さん。

謙一さんの手紙の中に、美しい途の先にはゴールはないというか、たどり着くところはないんだっておっしゃってて、それが気になった。

詩人を取るか死を取るかっていうのが、その主の心の中の葛藤として、15歳から20歳直前まであったと思うんで、それをちょっと深めたいなって思って、ぜひこの小説を読み込まれた方の感想を聞きたいなって思ってます。

J 先ほどの方も言われたように、最初の、「愚かな青春よ」は、未来の若者に対しての応援歌に私は聞こえて、自分自身も本当に愚かな青春だったので。

悩み苦しみ、色々あって、その時にこの詩を読んだら、かなり励まされるなっていうのがとても感じられて。

その当時の主は未来に向けて言ってると、自分では思ってないとは思うんですけど、実際は、本当はこの未来の見えない弟子たちや、全人類に対しての、そういう愛を向けてくれてたのかなっていう風に思いました。

「未来」は資料にある「詩人には未来はないからさ、詩人が未来を語るとき、未来は指の間からザラザラとこぼれ落ちていく。それがやっぱり過去なんだよ。」とか、この辺に未来の詩の内容が全部書かれてるなって思って。

先生は、男の友達と話してるって言ってるんですけど、この小説を見ると、あれ、これ男性相手に話してないんじゃないかなって思ったりもしまして。

これはなんかもう1つ意味があるのかなっていう風に思いました。深いですよね。弟子たちに向かって女友達のこと考えてとか絶対言わないなって思って(笑)、実はこういう意味もあるのかなっていうところで、ここの小説にも書かれてるのかなっていう風に思いました。

K 今回、参加する前に詩を読んで虹が気になったので検索をかけたら、虹が出てくるワードが「光る空」が逆さまの虹で、「人間は偉大なことをなすために」が、夕暮れには美しい七色の虹がっていうのが出てて、あと宇宙の法パートワンの「エロスのテーマの謎めいて」の中で大きな虹がかかったっていうのがあって。

来る前にずっとこの「謎めいて」を聞いてたんですけど、これがすごく繋がってまして。

あの映画を見た時はエロスの存在の意味がわかんなかったんだけれども、地球にザムザを招いてっていう存在だったけど、今回の「愚かな青春よ」は、この謎めいての本当の内容、起きていたことがこれだったのか、みたいなふうに捉えました。

主が、その天の窓、天の窓っていうのが愛の神となるためにで、その愛の神となるために、人生ノートでは、イエスが自分の心の友みたいな感じでいたっていうところが、主の目指してる方向性が愛の神になることで、そこに向かって飛翔する。

飛翔していく過程で、その雲っていうのが、それぞれの過去の彼女たち、愛した女性たちで、その中で、その彼女たちが泣いている、泣いているけれども、振り返らずに、愛の神になるために目指している過程の、涙を流してさよならした、ちょっと去ったぐらいのところを、この辺を表してるのかなって思いました。

主は愛の神となるために目指していたんだけれども、彼女たちは最終的には神への愛のアガペーと消化していくのかなって。

これ結局、私からすると、エロスとは何かっていうのを描いてるなって思いまして。

「愚かな青春」はその彼女たちに対してで、「未来」に対しては、未来はその男友達で、偉大なるものになるための虹、大志を抱けっていうか、男たるもの、その偉大なるものになるために頑張るんだぞみたいなことを言いたくて、男友達に言ってるのかなって。

ここが結構難しいなと思って。1人で掴もうとすると、指の間からざらざらとこぼれ落ちというのは、多分、1人で掴もうとするとは、自分のことを考えてると、そうなる未来がこぼれ落ちていくんだよっていうことかなと思って。

この「にらみつけると微笑みながら、くるっと背を向けるのさって」いうのは、多分、未来のその目標とか大志に向かってにらみつけていると、その彼女たちが微笑みながら反対方向に向くということかなと思って。

私の中ではこの彼女たちっていうのが、聖クララも言ってたけど石だったと。

ワンダラーの中に、ローリングストーンっていうのが出てくるんですけど、その彼女たちは石として、ある意味、主が神になるための、登竜門っていうの、その役割で、そこを超えることで、主が偉大なものになっていく、そのための門だったかなって思いました。

それがある意味、狭き門の道の、その各段階の門であったかなと思いました。

L 過去を振り切って前に進もうとしても、詩人であることが妨げになる。過去の体験を題材にして言葉を紡ぐ詩人である限り、未来に踏み出すことはできない。

だから詩人としての人生に終止符を打つ。人間として歌うことをやめる。人間が歌うのではなく、神は詩うへの道。つまりエル・カンターレへの道を表してるように感じました。

B その詩人っていうところで、詩人には未来がないって言ってて、だから辞めたになってるけど、でも先生、詩はその後も書いてるじゃない。

最後の「とっちめてやらなくちゃ」の対談のところで、実際に才能なかったから21歳で詩人を辞めてるぐらいだしって先生はっきりおっしゃってて。

っていうことは、そっから先に書いてるのは、今Lさんが言ったように、あれは詩人として書いてるんじゃないのかなって。

もう大悟に向かっていってる、神に向かう存在として書いてるわけで、通常言われる詩人としての詩っていうのは、もうその21歳とかそこで終わってるんだろうなって。

そっから先の詩は種類も変わっていくのかなっていうのを思った。

あと、「愚かな青春よ」って、自分のその愚かな青春に語りかけてる感じなんだけど、自分の過去を振り返って、落ち込むようなことがあると、落ちていくじゃん、だんだん、普通落ちる。

落ちるけど、先生飛んでんだよね。空飛んでるのよ、泣きながらでも、空飛んでるって、落ちてないんだよね下に。普通ずんってなるのにさ、なんかすごいなって。

ずっと言葉で自分自身を励ましてるような感じなんだけど、最後に、あの西の空に飛んでけみたいな.西の空って沈む方向じゃない。だからもう「愚かな青春」は西に沈めちゃうのかなって。

だから、もう振り返らなくていいってなってるから、飛んでいって沈めて終わりみたいな、そういう感じなのかなって。

あと、世界を美しく見ようとしてたっていうので、秘密の法の中で「世界は美しい。」っておっしゃっていて、だから、世界が美しいっていうのは決まってんだよね。先生が言ってるから決まってんのよ。

A いや、もう見えてたんで、美しく見えてたんだ。

B 見えてたし、主が世界が美しいっていうから、美しいのよ、世界は。それを私たちは発見するだけなんだよね、発見をずっと続けていく。

美しくないのから、一生懸命美しいものを作ろうとかじゃなくって、そもそもは神は美しい世界を作られた。それを汚してるのはおそらく人間だなと思った。

前提として、そもそも美しいんだっていうのがなくて、そこの価値観がひっくり返ったなって感じです。

K その詩人のところの話で、「内面への道」の中で、勉強しすぎて、お前、歌も聞かないのか。

ジョンレノンも聞かないのかよ、みたいに友達に言われて、急いで取り戻すように、音楽を聞きまくった時期があったから、それが、大学2年生ぐらいだったのかな、

B 多分、あきこさんにラブレター書くって書き始めたんじゃないの。この世的には

K さっき、講師が田代優子さんが存在したことがきっかけとなって、また再び詩が始まったんじゃないかって言ってたから、その時、

D 隕石のように竜二の運命を変えてしまった。

K そう、隕石っていうか、ローリングストーンだなと思って。隕石って表現がもう普通じゃない。

B よっぽど衝撃だったんだ。見て、うわっ!って。

K 自分の、その、神になる道を阻むような引力があったというか、

B この時点で神になる道を阻むとは思ってなくて、あまりの神々しさとか、そういうものに衝撃を受けたんじゃない。この世にこんな女神みたいな方が存在するんだみたいな。

K なんか、さっき解説の中に、20歳の時だったと思うんだけど、直感的に10年後にもう思想を説いてるのがあったってあったから。

A 詩人っていうのは、結局パーソナルなものでしょ。

その思想家ってのは、どんどん与えていかなきゃいけないっていうところで、詩人っていうのは、自分のパーソナルの部分を、自分はこう思ったとか、こういうのが見えたっていうのを言ってればいいだけなのか。

もう先に進まなきゃいけないっていうのは薄々わかっただろうね。そこで、決別しなきゃいけなかった。

B それで、書いてるのも、そのパーソナルから、少しパブリックな、公の方、誰が見ても学びになるような感じに、だんだん、だんだん詩も移行していく感じ。私のパンセとかもそうなってくるよね。

※法談はいろんな話が出るので、あくまでも個人の意見であり感想です。こちらで適宜編集させていただいています。

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